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2018年3月14日 (水)

ここ数日穏やかな晴天が続いています、洗濯もしたし、布団干しもしたし、今朝は春眠暁を覚えずの諺通り9時過ぎに目が覚めました。

見ていた夢は福島原発事故による残土処理の様子や奇跡の一本松に関連するような内容でした、そしてゼンデル・ワシントンの経歴を見ていたこともあるのか、黒人が登場していました。

そんなことを考えながら、今日は飲み物を持ってちょっと遠くまで買い物に行こうと自転車で出かけました。

緑道の大きな街路樹は枝打ちをしていてまるで床屋さんに行ったように綺麗に整えられていました、思わず作業をされている方に「きれいになりましたね」と声をかけたほどです。

川の土手の内側に生えている木々には早くも新緑が見られます、雪柳の白い可憐な花も咲き、黄色は山吹でしょうか、早咲きの桜からは花びらが舞っていました。

静寂の中、ゆっくりとペダルをこぎながら進むと春を感じます、ついでに足を伸ばして元カノの家の近くまで行ってみました、ベランダには大きなパンツが干してありました、スキーウエアーのような、あるいは一見すると寝袋のような大きさに、彼女が使っていたのか、それとも娘さんだろうかと考えながら、思わず笑ってしまいました。

誤解のないように付け加えますが、これは洗濯物を見に行ったわけではなく、洗濯物が干してあるかを見に行っただけ、つまり生死の確認に行っただけです、春先はいろいろな犯罪が起きますが、それは承知しています。

帰路、土手が工事中で一般道を走ってきました、これもついでに母が住んでいた一軒家も見てきました、そして土手に上がると土筆を取っているご婦人を見かけました、よく見ると土筆があちこちに出ていました。

信号機を渡る時に、娘もこんな風に信号が変わるのを待っていたのだろうかと、彼女の後輩になる女子高生たちの姿を目にして想像していました。

そんなのんびりとした春の時間を過ごして帰宅すると、イギリスの物理学者ホーキンス博士の訃報を知りました、76歳だったそうで、寂しい気持ちもありますが、なにかほっとするような感じもします。

春が来た、等速直線運動しか考えたことのない物理の世界で角運動量などというものを知ったのは昨日の分子分光学の一場面でした、季節が巡るのもこの角運動があるからなのかと考えます。

【祀られている神】

先日テレビを見ていたら日光東照宮が紹介されていました、特に興味は起きなかったのですが、ここは徳川家康が祀られているということでした、つまり家康公が神様になっているのかと思ったのですが、そう言えば学問の神様とか、神社によっていろいろな神様が祀られているのかなと考えました。

東照宮というと「見ざる言わざる聞かざる」という猿が有名です、私も記念にこの掘り物を持っていますが、短絡的に家康公は猿だったのかと連想してしまいます。

中学3年の時高校入試に不安があり、合格発表の前に近くにある寒川神社に人の目を憚って一人でお願に行きました、どうも学問の神様ではなかったようですが、ご利益があったかどうかはいまだに不明です。

直近では創価学会の池田大作氏が神様になったようですが、何のご利益があるのでしょうか、信仰に疎いものですから、こんなにも神様がいるなどと想像もしていませんでした。

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